私は、将来の夢が「26歳になること」でした。
小学生のときも、中学生のときも、高校生のときも。
全てが完成されていると期待していた26歳。
テストのしがらみや
付き合いたくない人間と付き合わなくてよい自由。
現在27歳。
将来が見えません(笑)
とりあえず老いることが怖いです。
自分が老いていく覚悟を育ててこなかった。
将来の夢が「お花屋さん」なら、
いくつになっても大丈夫だったんだ。
自分の分身のように愛していた犬が亡くなったとき
私のお腹の中には息子がいて、
頭が混乱して
だけどもうちょっと待って、もう少し頑張ってみるからと
お別れをした。
それが26歳だった。
なんとなく、運命という仕組みを
信じざるをえない人生を歩いています。
だけどそれも、つじつまを合わせるための逃げ道で、
私は結局将来が見えないまま、ここまで来てしまった。
将来が見えない親を持った息子のために
お金を貯めてみたり、手帳をこまめにつけてみたり。
自分の将来が見えないなら、息子が将来を選択できるようにしておこう。
自分を振り返ると、涙が出てしまうほど
無様に近い、自分で同情してしまうけど。
歩き始めた前から、
手押し車を押して、私から離れていくと
必ず振り返って私を見る。
歩き始めた今も、
拙い歩数を増やしながら、
必死に振り向いて私を見る。
その生命力と、選択権は誰にも奪えないんだ、と思った。
もちろん一人では生きていけない彼と
未だに、多分この先も一人では生きていけない私は
幸運にも親子になれたんだから
私は自分に対して不安を抱えつつ、
振り向いた息子に笑ってあげられる自分を継続したい。
という、なんだこの目標。
子供を産むと、何か確実に変わるんだな。
その経験をするしないは人によって様々思惑があるのだろうけど。
将来が見えなかった私に、誰かの将来に寄り添えるチャンスをもらえた。
そんな感じです。
子供離れはささっとしよう・・・^^